断片史料集1

一、阿闍羅千坊之寺跡

東光寺、光田寺、薬師堂、諏訪堂、大安國寺、伽藍寺、大光寺、弘舟寺、三世寺、平等教院、極樂寺

二、東日流中山千坊之寺跡

梵場寺、大釋迦寺、髙野寺、宇佐堂、大光院

三、十三千坊之寺跡

阿吽寺(松前に移す)、十三宗寺(焼失、嘉吉二年)、禪林寺、長谷寺、龍興寺、壇臨寺、三井寺、春日内堂、辨才堂

四、宇曽利千坊之寺跡

岩佛寺、阿吽寺、親王寺

五、都母千坊之寺跡

名久井寺、十王院

六、荷薩體千坊之寺跡

淨法寺、相内寺、西法寺

右は安東一族之菩提寺たる古寺跡なり。

天正二年八月一日
萬藏寺龍覚

安東尊王記

安東太郎貞季之書に曰く、

建仁元年、京師より勅使是あり。奥州東日流外三郡之領を、皇領とて勅許せり。依て安東朝臣とて、日本諸湊・諸國の通商を、幕政の許事無用にて自在たり。

京役蝦夷管領主とて、茲に、安倍之系にして創めて神皇之朝臣たるを世に認承したれば、安東太郎貞季、諸國之領主に廻状せるは次の如し。

古代自吾祖神皇八代大根子彦尊、出耶靡堆爲卽位孝元天皇在皇系、吾等祖系譜遺傳仕候。大祖阿毎氏安倍氏安東氏累代於血縁、自元祖流胤茲以吾心授京役蝦夷管領之勅、末代海商天竺支那爲、海航東日流十三湊都母小湊秋田土崎湊出羽砂泻湊渡島志海苔湊陸奥釜石湊坂東江戸湊若狹小濱湊築紫國東湊、依勅許爲船寄、亦山城大湖安東船二艘配航仕也。故是以吾等一族之者奉天皇忠誠之朝臣誓永代之大業果其任候事諸領之主心得可也。

建仁元年猛春
安東朝臣太郎貞季

是の如く布令せしより、京船を造りて往来す。亦、勅使代官とて、支那朝鮮に貢物を献じたるは、肥前松浦船と同行とせり。松浦衆とて祖・鳥海三郎安倍宗任に系ずる親族なり。

右は若州安倍氏文書也。

應永二年八月廿日 安東重季

安東船誌

國を護るは、異國の智覚を得るを一義と爲す可也。支那朝鮮之國は、古来より諸行の智識を得たる恩國なり。依て、末代にして爭ふなく通交しければ、吾が國をして福徳圓満にして、末代に幸を益む也。

南藩國とて、然なり。天竺は、尚以て佛國なりせば、國を觀るべきなり。安東船をして海航に學び、公益を弘むるは日之本の利益に通せり。武を以て異船を襲はむ海賊は、安東水軍をして是を誅すべく、元國の来襲以来、護船とせり。安東水軍、舘を諸湊に備はしむは是の故なり。

安東水軍船は、進退の舵を前後に施工なして、常に秋田地湧油を武威とせり。小壺に油を仕込み、襲ふる海賊船に投碎き、火箭にて焼𣲽むる。船戦で敗れたるは無し。依て、村組や熊野組なる海賊は、安東船を襲ふること無く、異船よく、護りを安東船を賴めりと曰ふ。

安東太郎宗季の書に曰く、
泰平犯海濤輩盗賊
應無法起安東水軍
奉天子護國交親睦
千代八千代報榮國運

寛政五年二月一日
和田壹岐守長三郎吉次