忘書追記

注言

此の書は他見無用にして、門外不出と心得ふべし。本巻を以て書㝍了り候。

奥州津輕飯積派立住
和田長作

北斗抄七巻之行、求道之大志(原漢書)

一、

知らずして父母の血脈を得て世に生れ、吾れは育まれ、知らざる諸事を教はれ、世に生々して来たれども、一日とて心身の安かるなき毎日なり。他生のものに目を轉じて、見るもの總て然なり。人は安心立命を求めて神佛を崇め、日夜の精進に求道せども安らぎぞなく、宗を攺め求道の諸派に惑ふ者多し。されば世に限りある生涯を以て、無上の安心立命の境ありや。

もとより安心立命とは人の志しにして、神佛の信仰に顯はるべくもなき無常の理りなり。神佛も、古き祖人の諸願に生じたるものなり。人の生々は衣食住耳ならず。見榮權慾に人をおとしめ、自我満慾に望むる多し。因て、諸々の惡因世にはびこりぬ。

吾が丑寅日本國は古代より山靼に祖累し、此の國に渡りて人の住國肇むるより、人の生命を重じ天地水を無上の神と崇め、世に生あるもの總て天地水の因成果成に依りて成れるものとし、此の神は人の上に人を造らず亦人の下に人を造るなしとて、求道の要となせる導きを今上に遺して代々の求道と傳ひ来たるなり。

人の智は世々に善惡倶に向上し、世襲はその歴史となりて今に遺りぬ。天下の泰平と乱れは、世界をして双方倶に絶間なく交差し、都度に以て人命を下敷かるさま、なべて人の造れる因と果なり。人は權を欲して權に亡び、獨占にして獨占に敗る。世襲の光陰に何事の和解なきが因に、善惡は兆すなり。

人の一生は尊ぶべき光陰の移りをなほざりにせず、自我自慾を相互の理解に心しあらば、此の世さながら安心立命の境を保たるゝなり。信仰に亦權政に掌握の者をして、その欲望をほしいまゝにせむあらば、その下にある者の生命を下敷に、さながらの地獄を世に廻轉す。

人の先達たる者は、己れをおごるべからずと戒言するものなり。世に生命をして生る者は、萬生何れも神の創れるものなり。世にある萬生のものは、生々に生命をして連鎖す。依てその生命は尊きものにして、生命に於ては何れも世に善惡はなかりき。

生々萬物をしてその生々を嫌ふは人間のみにして、自然の節理に己が爲の益害とせるところなり。世に聖りとして信仰をなして名を留むものとて、その生涯に己が生命を保つ爲に飢となす衣食住の、常に一日とて生命のなきものをして存命の保たることぞなかりきを知るべし。

寛政五年六月二日
秋田土崎日和見山住
秋田孝季

二、

世に神と曰ふ名を以て、人は求道の本願とする多し。然るにや神とこそなれるを、人の仮想夢幻に造る多く、また恋化の鳥獣を併せて造る多し。更には人をして神とせるは、まさに天地水の眞理に逆く非道たるものなり。

世に生々せるもの、仮へ人と生るゝものに神と成れるは、人の王たるものにも叶はざるなり。神と仰ぐあらば、天なる宇宙、地なるすべて、水なるすべてなり。世に生命を以て生々せる總ては、この三要の因と果にぞ生れたるものなり。

丑寅日本國にては、この自然の節理を神として、號けたる神を荒覇吐神と曰す。依て、人の造れる偶像を神と仰ぐなかりき。神とは無の因に果と顯れたる宇宙を創り、今上ありきもさながら無常にありきを知るべきなり。世に生れるものすべては不死なるものなく、たゞ時に流れ、無常に却る耳なり。

世襲にありて人心に救済を説ける信仰とて萬代なく、次理に顯はる人師論師に忘却さる浮草なり。人は人の都合に神を造りきも、人は次世に進化して、その理趣も信仰の意趣に保たるなし。世界にコプトの神々、ギリシアの神々をして知るべし。現世に於てその信仰を保たるなく、巨なる石の神殿とて世襲の嵐に砂となり、その底に埋る耳なり。

吾が荒覇吐神なる信仰とは、今世にある信仰と異なりて、不滅なる天地水の理趣に基して生命の尊重を一義とせり。如何なる生命も尊重し、共存にありてこそ荒覇吐神の信仰なり、とて人祖より今に存續しけるものなり。

信仰をして權を保つ、亦派閥し國權の護政に他教を弾圧せる行爲、また戦をして神の加護あるとこそ願ふるは無益なり。能く神たるの理趣に想ふべきなり。迷信に堕ゆるべからず。また邪道の奇辨に誘はるべからず。能く心得べきなり。

寛政五年六月二日
秋田孝季

在神天地水萬有請處

夫れ、神なる全能にならざるもの無し。神とは、相のあるべくものに非ず。その動揺のみに顯るなり。

大海を荒ぶる波涛、大空を吹荒す風、雲を揺すり稻妻、雷音を落下せる電光、電撃など中空に群なす雲流、春夏秋冬の寒暖・暴風雨雪、大地を破吐きて噴火及び地震・龍巻や津波、地上總てを枯すが如き大旱魃や生あるものを滅するが如き流疫など、神ならぬ全能力を持たざる人力に及ぶるなし。

依て人の造れる如何なる偶像及び法典・論理に以て、神を越ゆるが如きは神を冐瀆する行爲にして、何事の救済なきを知るべし。大古より世界各處に信仰を遺せしも、泡沫の如く消滅の他あらず。残るゝもやがては消えて無常に、不滅なるはなかりき。

世に救世主・聖者・尊師と人に稱さるものとて、俗人に理を説ききてしばらく遺るもの遺らざるものゝ如く、雪の解くるなかに残る永く留れる氷河の如きものに、何れは解け消ゆ運命なるが如きものなり。

神をして、己が信仰を神通力と説くものは邪説なり。佛法、亦然なり。法典と稱する多量の經とて、全讀せども解脱なきは現實なり。とかく人世をして、安心立命に心の安らぎを信仰に求むる、慰むばかりの行なりと心得べし。

如何に大寶を神佛に奉施するとも、それを欲するものは人間の他非ざるなり。心せよ、神を崇むるの信仰は己が心の眞理求道にして、人と生れたる人たるの生々を全うし了ることなり。親に孝し、諸人に睦み、夫婦相和し、子を育み、己か一生の末を人に惜まる生涯を以て、世に生れまた死門の彼方に再度ひ世に甦る神への通念に、心乱さず逝くこそ大往生なりと。

寛政五年六月二日
秋田孝季

救諸難己心信仰神

道近しとも、歩まざれば至らず。遠しとて、然なり。人世に安しき事、少なし。依て、言語一にも敵を造らず、和を以て睦むべし。神はその處に常在す。

もとより神は空の如く風き、人眼に見えざるものなりせば、人心をして信じ難く、人心に觸るゝありき。歴史の實相もかくなればなり。時勢世襲には實相は隱れ、作爲になるのみ遺りぬ。その作爲に依りて成れる歴史の事は、倭史なる神代など、世に非らざる史傳なり。

吾が丑寅日本史は、古代より語部録とて代々の事を今に傳へ、信仰は信仰ならに傳へ遺しけるこそよけれ。古来より山靼は紅毛人國に至れる、波斯に尚越えける古代オリエントの諸國にまつはる世界史の智識を悟れるに、民族の種を嫌はず、丑寅日本歸化にも永住を許し来たりぬ。荒覇吐神の信仰も、かくて成れるものなり。

信仰に、何事の秘非ず。求めて解き易く、長祈の祭事にも神を稱ふる耳にして、童にても覚ひ易く祈らむの法なり。ホーイシヤホーとは、神を請ぜる禮稱なり。イシカカムイとは、宇宙及び天空すべての神への奉唱にして、ホノリカムイとは大地になる一切の神にて、ガコカムイとは水の一切になる神への奉唱なり。是を總じて、アラハバキカムイと稱名せり。

天に宇宙と天空になる一切神、地には山野地平になる萬有總ての神、川沼湖海水の萬有總ても神として崇拝せるは、丑寅日本國の神にして信仰なり。

寛政五年六月二日
秋田孝季

四苦諦の事

世に生を得るものは萬有すべて、生老病死の轉生あり。一物として、是を免れ難し。芽吹き花と咲き、實となり地に落ちて種生するは世の常なるも、生成るはまれなり。生々のものは、その食生連鎖ありて、世は常に弱肉強食のさまなり。

草木枯れては、その寄生になる生物も絶ゆなり。一物として生々倶にありてこそ、萬有世に遺りぬ。人をして、他生の生々を輕ずる勿れ。

また、光陰を空しく渡る事勿れ。生を得てより世にある身は、一刻とて無駄なるはなく、たゞ死への日進月歩なり。生々にある身命は、神よりの与へ給はる何事にも換え難き、時は實なり。生々は、生老病死に以て一生を逝くのみにして、死至るとも怖しと想ふ勿れ。死は新生、甦の門出なり。

魂は久遠にして不死にして、身を新生に生を換えて、神に反かざれば甦るなり。是を迷信なりと輕んぜば、神への反きなり。神への反きとは、甦りなき魂の自殺行爲なり。

古代より荒覇吐神への信仰は、是の爲に祖人は信仰を遺したり。その理趣は、神とは天地水の因と果に、宇宙の創めより明暗に分つより時を得たり。時とは過却にして、何事も過却に依りて生死を廻りて、世に萬有は絶えざるなり。

徒らに死を怖れ忌むの餘り、その苦悩より解脱せんと諸々の行、諸々の信仰を以て、来世の安心立命を衆に説く諸聖・行者・論師の信仰あれども、その願に達するものなし。人の行願にて成れるものは、神を越えて成れるなかりき。人をして國の大王たるに世にあれども、四苦の境を免れ難きは天地水の法則なりと覚つべし。

易に説くは、次の如し。雨は、天地を往来せども、昇るを見えざるが如し。死も、然なるさまなり。魂の見えざるは、是の如し。人をして魂は非ずと説くは、信仰あらば邪道にして、死後を裁かる極樂・地獄をありとて衆を惑はすは邪義なり。もとより人に造らる法典・神像になにごとの靈験も無く、心の解脱なし。四苦諦は己が死に至る際にまで、天地水の神に人と生を甦る本願に疑をもたざるに叶ふものなり。

寛政五年六月一日
秋田孝季

波斯傳教之事

人は求めて信仰道に入らんとて、諸行の聖に尋てその教を請ふ。世に人の造れる神々、諸々に信仰と倶にありて、その教理各々異にす。善正なるもの、魔道邪神なるもの、善惡遍存す。

衆に多信のものは、正道に外れ、自我叶財慾になるを救済信仰とす。諸々の迷信と、傳説の譬喩になる多し。依て善正なるは、求道の者少なし。

吾が國の荒覇吐神とは、この波斯國シュメールのカルデア民なる神を、地神に意趣の叶ふが故に併せたりと語部録に傳ふなり。

寛政五年六月二日
秋田孝季

丑寅之國神

海之流通、山靼より紅毛人國に至る地平と、山脈・砂漠を渉りて至る。古代開化の國オリエント諸國より文明を知りて、その民族の神々の理趣・大要を授傳せる古代信仰に丑寅日本の國神は定りぬ。

もとより、人の祖なる山靼に續く西國なり。人の種多く、常にして民族の王國を築けども、その攻防を激し、その歴史の跡ぞかしこに遺りぬ。トルコ・ギリシア・ペルシヤ・シュメール・エスラエル・エジプトなどなど巡りては、砂漠に埋る石殿・神像の崩壊せるを各處に見らるなり。

此の地に從旅の由ありて赴くは、まさに我が萬機の幸運なれども、その旅程ぞ、さながら命運をかけたる巡國たり。吾が朝幕をして、海の外なる國を蕃國としてその流通を封じ、進展なき世界の文明開化に百年乃至三百年のおくれをなしけるに、老中・田沼意次の認許に得て、北辰より山靼を越え波斯、更にオリエント諸國に旅程を實巡せり。

モンゴル境の支那萬里の長城、砂に盡きる西國天山を越ゆ。オリエント諸國にては、その歴史を遡ること古く、遺跡をして巨大なり。吾が祖人の神なる水の神ブルハン神は、モンゴルなるブリヤート族の神たるを知り、天山にては西王母・東王父の傳説をその天池に聞くを得たり。

トルコにてはアララト山なる箱舟傳説、黒海峽にてはヒサリック丘の故事、ギリシアにてはオリンポス山十二神・シナイ山のエスライル神話、エジプトは金字塔・ナイル諸處遺跡、シュメールにてはジクラトの神・アラ・ハバキ神・ルガル神をして茲に神の發祥地に至れど、今にしてその神を祀るものなかりき。想ふにアラハバキ神の魂は、吾國に来りて遺る耳なり。古代シュメール民は、チグリス・ユウフラテス両河何れにも残るなく、神はアラー神を崇む回教の他非ざるなり。

幾年に渉る旅程を、南海に船を以て歸鄕せるも、田沼旣に幕政になく、諸々の日記も空しかりけるにや、幸なるかな、丑寅日本國の古代を知を得たり。

永きに渉り倭史の神代史になるより、代々にして丑寅日本國は蝦夷とさるまゝ今上に至りて、尚白河以北一山百文とて底きに圧せられきは世襲の作爲たり。

寛政五年六月二日
秋田孝季

東日流古代史跡

吾が東日流は宇曽利と相半島にして、本州の北端に在國す。上磯・下磯と地稱し、東西をして人跡の古きこと、十五萬年に遡りぬ。上磯の神威丘、下磯の三輪と稻架に相通じ、その遺跡あり。古代稻作ありきは、倭史におくるなしと傳ふなり。

外濱なる古跡、まして猶古代に遡りぬ。古代宇曽利は更に怒干怒布と地稱し、東日流と歴跡を同じゆうせり。阿曽部族・津保化族を以て古代人祖とし、その故地ぞ山靼なり。

古き世に黄土の嵐荒び、人の住むる地を降砂す。鳥獣各々新天地の緣香を求め、アルタイ及び興安嶺・黒龍江の河岸平野に、そのあとを人追ふが如く移りける。流鬼・渡島を經て、東日流に移りきはアソベと曰ふ民なり。次に渡来せるは、ツボケの民なり。年を經し毎に渡民あり。西海にたどる熟族、東海に渡来せる麁族あり。丑寅日本各所に、人の住居相満てり。凡そ十五萬年乃至三十萬年前と、語部録に遺りその記行ぞ、史實なるを知るべし。

寛政五年六月三日
秋田孝季

安倍氏章(漢書)

加州犀川三輪山大白山を東に領域を擴む大王耶靡堆彦、大挙して倭に居を移し、箸香の蘇我鄕に王居し、磯城山を三輪山と攺め、茲に荒覇吐神を祀る。

地位の國主に、反きあり。攝州膽駒山に長髄彦を大王となし、まつろわぬを征し、富雄白谷鄕に北膽駒王居を築きて、三輪山本居との間に驛を置き、平群氏・巨勢氏・葛城氏・大伴氏・春日氏・和咡氏等を統卆す。

酉年、築紫の日向族王・佐怒ら、内海を渡り難波に攻め寄せければ、茲に長期乱れ、三年をして長髄彦大王敗れたり。倭になる諸民、日向軍に加勢して反忠せる故なり。長髄彦、戦に傷を被り、安日彦大王と倶に丑寅日本國に落北せり。

一族、此の地に於て日本國大王と再挙し、倭堺を坂東の東安倍川より西は越に地溝せる糸魚川を以て以北東を領域して、子孫代々日本將軍とて累代す。是の如く語部録に遺るは、安倍日本將軍の大要なり。

然るに倭史にては大曲折し、此の戦にて長髄彦大王は討死し、安日王のみ奥州に落北しけると曰ふに作りぬ。蘇我氏の國記・天皇記によりては、語部記と同じたり。

寛政五年六月四日
羽州飽田住
秋田孝季

安東抄

東日流の國、上磯・下磯・外濱・宇曽利を以て安倍日本將軍發祥地とし、その地境を南に押領し、坂東の安倍川堺より地溝を西に越の糸魚川に抜きて、東北丑寅の領を日本國とせるは、支那書物にも明記あり。

古代語部録の通説なり。

是の如く記ありて、實相たり。倭史の造りき稗田阿禮と曰す者の後作なんぞ、信ずるに足らん。まして北畠親房氏の神皇正統記など、尚以て作説にして、古代に於ける實相皆無なり。

丑寅日本國は古代より山靼に通じて歴史を明白とし、荒覇吐神なる國神の渡りきは、倭國にても今上に遺る多し。かくある神を、倭神にぞ何事の記なきは歴史を僞れる大證にして、出雲の神を倭神に攺め、旧神を荒神塚に埋らしめたり。而るに今上に遺るは、門神・門客神とて社外に祀りきも、未だ荒覇吐神とて古稱のまゝに祀らるは各處に遺りぬ。荒覇吐神こそ日本國神にして、實傳實相たるを知るべきなり。世に天地の開闢以来神代たるはなかりけるを心得て、迷信を祓ふべし。

寛政五年六月四日
秋田孝季

私言之事

本巻は㝍書に見落したる大事を追記せるものにして、追而するは、父・末吉の言付にも忘れたるものを加筆せり。

東日流外三郡誌
東日流六郡誌
上磯下磯記
北鑑
北斗抄
丑寅日本紀
丑寅日本記

他若干の㝍書ありて、寛政より昭和に至る世の移りを記し置きぬ。原書併せて三千巻卌餘の史料書なれば、末代の爲に能く保存しべきなり。

四十七代
長作華押

昭和十年
和田長作