北斗のしるべ

坂東より日髙見・東日流に至り、是を日本國と曰ふは、倭國世に非ざる古より國稱せし處なり。玄武の峽を北に國土あり。國末の彼方に渡島より千島・樺太・亞隆止・神位津耶塚、山靼の國々ありて住むる民は、ぎりやあく族・こりやあく族・うでへ族・ゆかぎる族・いでりめん族・ちゅくち族・えぶえんき族・えぶえん族・ねぎだある族・うりち族・おろち族・なない族・ういるに族・もんごる族ありて何れも、もんごる民の住分けなり。

近き渡島に居住せる民を、くりる族と曰ふなり。陸住みの民はとなかいと曰ふ鹿を牧して生々し、海濱住みの民はくじら及びとどなどを狩りて生々せり。極寒の地なりせば、常に死と背合せなる暮しなり。

此の諸族には、えかしを以て一族の護持にあたりぬ。年に一度くりるたいあり。民族集合し物交あり。黒龍江の水戸に市をなせりと曰ふ。この市に渡島及千島の民は海を航し、衣食住の物交をして往来し、古きより諸民族の智識を得たり。


下衣、上衣、ゆかぎる族、となかい

北國民は爭ふなく、相睦みて廣き山野に遊牧す。古きより渡島・東日流の民は彼の地に渡りて、いもせとなりぬるありき。陸海に豊けき狩猟・漁撈の幸ありて、飢ゆなし。山靼と稱すは、彼の國をして呼稱せしものなり。

彼の國を更に進みては紅毛人國ありて、智識の國土に至りぬ。あるたい國・とるこ國・ぎりしや國・しゅめいる國・こぷと國ありてその人史遺りけるも、戦事常にしてその榮枯は永治の泰平なかりきと曰ふなり。

荒覇吐神の元なるは彼の國にて、かるであ民の崇拝せしものなり。戦の難を、あるたい國やもんごるに移民して更に東方、樺太・渡島に至りて東日流にもたしめたるは、かるであ民の成果たるを知るべし。荒覇吐神の源は、しゅめいる國の王ぐであ王に創りて、ぎるがめしゅ大王にて世に布せられり。この國にては、あら神・はばき神とて、雌雄の神・天體の獅子座・蛇座を神聖とせしより創り、後にるがる神とて攺めたりと曰ふなり。

我が國をはるか萬里の彼方より幾歳月を經にして渡来せしは、これを地神と併せし始祖の智識なり。能く保べきものなり。

寛政五年八月
秋田孝季
末吉㝍