遺訓

他見無用、門外不出、子孫能是、保永世可。

末吉 印

秘事之戒言

末吉 印

吾が家の書巻を輕々しく他見に及して難を蒙る事勿れと戒む。三千餘巻になる總て今上の世襲に馴まざれば罪科を被る耳ならず史書の總てを失ふる憂ありぬべし。

されば幾百年の秘にありき安倍一族の穏鑛の財もあたら權者の掌据に奪れん破目とならん。依て常に無學とて世間にあざむき如何に貧苦にあるべくも秘巻は大事とし己が代々をして是を固く護るべきなり。

右十巻は秘中の秘なりと心得べし。

明治四十年八月三日
五十六代
長三郎末吉

荒覇吐神之事

萬天の宇宙に日月星を仰ぎ、大地に山川草木、千尋の海に萬物の祖胤を發生し、人として誕生して爾来生生々安き事の少なき世代の渡りに生とし生るもの皆なながら生死無常の藻屑なり。

渡世の者は非理法權天の笠下に生々の安らぎを求めて神を願望の本願として各々理想を發願して夢幻夢想の本願諸行の求道を説く人師論師の輩世に聖人とて衆を導誘せども世に萬難の盡きる無し。依て我等北日本國の民は始祖より荒覇吐神を宇宙萬天大地の山海を神として崇むるを迷信なかりける信仰の誠として古来より不変不動たる崇拝を今に護持しきたるは荒覇吐神の宗門たりぬ。

抑々我等が祖来の神は天地水みなながら神なりせば人をして神を像造せる事なかりきなり。四季の移りを生老病死に生命の轉生を神の御掌中に在りて世代を未来に継がしむるは信仰の要とせり。依て善惡の掟は天秤たる神の裁けるものとして慈愛なき渡世を戒め殺生を罪として爭を起す者を罰したり。

生々の間祖来の傳統を露もやぶらず三禮四拍一禮の神事の禮と為しその祭文に曰くは古代傳統のままに次の如く曰さく、

〽あらはばきいしかほのりがこかむいおろろんしんばらぶるはんかおすぐりふえんかむい

是の如くくり返して稱ふたり。
祭處は三つ股の神坐ありき。神木の樹下にぬささんを設け、かむいのみを焚きいかしをして祭事一切を司どるなり。神は人ばかりなる神護に非ず萬物一切の加護に在りければ、自望自徳に叶はずとよく悟るべきなり。

生々のなかに自戒あるべきは殺生・盗奪・爭乱・惡言・暴行一切を神に誓ふて行為あるべからずと固く戒しむなり。常に生々安しきことなかりけるも神の信仰を心しては相互泰平にして言語一句にも敵を造るなかれと戒しむものなり。

北日本國は祖来荒覇吐神の神國なりせば西より侵来せる倭のしやもに心せよ。彼の誘に乘じては必ず乱起り大地に血を染むる件起ること必如なり。心して能く祖土を護るべし。

寛政二年如月吉日
秋田孝季

讀書加奈字之基本

平加奈

い以 ろ呂 は波 に仁 ほ保 へ部 と止 ち知 り利 ぬ奴 る留 を遠 わ和 か加 よ与 た太 れ禮 そ曽 つ川 ね禰 な奈 ら良 む武 う字 ゐ為 の乃 お於 く久 や也 ま末 け計 ふ不 こ己 え衣 て天 あ安 さ左 き幾 ゆ由 め女 み美 し之 ゑ恵 ひ比 も毛 せ世 す寸

片加奈

イ伊 ロ呂 ハ八 ニ二 ホ保 ヘ部 ト止 チ千 リ利 ヌ奴 ル流 ヲ乎 ワ和 カ加 ヨ與 タ多 レ禮 ソ曽 ツ州 ネ禰 ナ奈 ラ良 ム矣 ウ宇 エ江 ノ乃 オ於 ク久 ヤ也 マ末 ケ介 フ不 コ己 エ惠 テ天 ア阿 サ散 キ幾 ユ由 メ女 ミ參 シ之 ヰ井 ヒ比 モ毛 セ世 ス須

右両加奈字如件

寛政五年六月廿
和田長三郎吉次

學文のしるべ

人世の生々は觀得聞得頭脳に積算を速やかに卽答し得る言語の一句に依りて人閣の秀凡を選ばるなり。人身は世に授け難く生々亦安きことなかりける。天地水は萬物生々の天授の域に飛速泳に生命を保つ。

世代に子孫を遺して逝く、卽ち生死を輪廻とし生々の間如何なる生物と曰ひども他生の生命體を殺生しその遺骸を餌喰として己が生命を明日に生々せんとす。是を天地水の神・荒覇吐神は餌食にさる物を多種多生に、弱肉強喰の物は少生に生命生々の連生を造り給へき。まして人類をして萬物の霊長たらしむや智能を与へ給へき。

天地水神をして人の上に人を造らず人の下にぞ人を造らず、平等攝取の惠を與へ給ふ處なり。然るにや人間耳は神与の智能を應用なし非道の窮まるを歴史に栄枯無常の風にさらし遺す慘々残酷の惡威耳を隠密とし世情はゞからず遺力を以て是を義の正道に遺しけむ。世々代々にしてその遺黨世襲に浮沈し衆を誘惑なし勢を率して死闘せしめ戦ぞ世々に絶ゆむなし。

世の正邪を以て人間かしこに智能を巡らし衣食住の安らぎを求め未知なる新天地水を浪々しその安住を築くればそのあとに来る者先住の拓跡を奪いて我領に伏圧し先住の者を奴隷に酷使せるさま今になる世の遺例なりき。然るにや天神水の神はかかる人間の隔たりを悦ばざるなり。

神は普く明暗を平等に照し人間こそ智に与へ給ひき相互相生に人をしてその生々を侵さず天地水の法則に從へて人の上に人を造らず亦人の下に人を造らざる大衆相互の生々に悦こばんは明暗の理り時の光陰に以て示し給ふ處なり。依て労々亦學に覚るべし。

寛政庚申年正月元日
秋田孝季

私事愚考

吾れ生れ乍らにして身體強健なれど脱腸に苦しめり。下腹異常なりてはしばし活動も自在ならず掌を下腹に當て腸を押へもどしこと暫々にて吾が長作も亦親似なり。幸にして孫ら類似なけれど學をして好まぬ多し。

依て脱腸に䎵けるも子孫に吾をして生れ変るあらば吾が幼名八郎の上に喜を乘せて喜八郎と號くべし。若しその男子子孫に生れけるばらば吾れの生れ変りなりと心得よ。

明治庚寅年一月七日

無題

(※前文欠落か)
右百三文字にて語部録は成れり。諸族七種の併合せる丑寅日本國の通用太古文字なり。ぱぴぽの如きは右に─を記し、ばびぼの如きは左に─を記しぬ。ばんと曰ふ如きんの音を記しきは下部に─を記して意趣す。

然れども古語は今に通ぜず。語部に問ふべし。丑寅日本なる古語は山靼波斯になる古語に混ぜるありぬ。依て今に解せるは難し。語部録の成れるは支那前漢の髙祖帝の壬寅八年十月二十七日、丑寅日本國大王津保化族の宇須麻と今に傳ふなり。語部第二編に成るは後漢の建武乙丑年六月十八日にして前後併せて二十八巻と曰ふ。

○△―と曰ふ字印に始むる語部録は宇宙大地大海を神の領域とならしめ宇宙の運行大地や大海の自然の推移を神なる陰陽とその因と果に哲理を明らめたるは信仰とて古代人の心に宇宙の運行に見つめ天然自然みなながら神なる神通力全能なるものとして神と曰ふ世の創り肇むるを想定せしはアラハバキ神の仰神に信仰を得たる創なり。

日輪か赤道・黄道を寄陽して造らる四季何百億年前に無の一端に起りきカオスの聖爆より宇宙は成長し今に尚無限に擴大せる宇宙は時空もなきより止むことなく宇宙を擴げゆくのみなり。境萬阿僧儀に殖ゆる星界の一塵の如き地界吾等は日輪の光熱水の元素にて生命を得たるものなり。是れぞ因と果なる宇宙の起れる發端にして生命進化の發端なり。

依て無は久遠ならず。現も久遠ならざるなり。星にも生命ありて死の訪れありぬ。不滅と見ゆる日輪とて何時かは滅するありぬ。萬有何れも久遠なるはなかりきなり。死しては再生し總ては生滅輪廻に神は世を造れるものなり。
(※以下欠落か)