渡嶋古抄

渡嶋コタン録

古代より渡嶋にては、倭神の入るなき古代民たり。祖来國を創めたるはナニオオテナなれど、民の信仰は自在たりと、是を讃否の許とせざるなり。神は人をして信仰に造らるも、神の救ひに遇ふ者は己々の心にぞ定むるものなれば、これを權政に左右するは神の天秤に裁かるなりと曰ふ。

渡嶋の民は倭人を知らず、北日本の國主のみを知りて同族と心を開くも、倭人にはシヤモとて心赦すことなかりき。幾百年、近年にあれども睦みなき土民といやしみ、先住の權も輕んずるは倭人の習ひなりせば、辺境に追いやり亦漁場も倭人の占むるものとなり、山林また然なり。クリルタイの盟約も通ぜざる倭人ぞ、まさに獣人の行爲なり。祖人を同じくせるも、北域に住むるが故に種を異にせるはおぞましきなり。

北方民族に共通せるは渡来民の居住自在にして、これを追討せるはなかりき。亦、商を以て来る者にも然なり。

信仰に於ても自在にて、元住の民はブルハン神を崇むブリヤアト族にて、コリヤアク族・クリル族・チュウクチ族・エスキモウ族・イヌイット族・ユカギ族・イテリメン族・ニブフ族・エブエン族・エブインキ族・ウィルタ族・ナナイ族・ウデヘ族・オロチ族・ウリチ族・ネギタアル族・オロッコ族・オロチョン族・カン族・クヤ族らの數なれども、元はブリヤアト族に祖継せる民なり。

蒙古國を西にシキタイ・アルタイの大平原ありて、祖人はこの西の國より来ると曰ふ。その國とは、オスマン・ギリシア・コプト・アラビア・シュメイルの國々より、モンゴルをさして大衆移動せりと曰ふなり。依って民族各々信仰も異り、言語もまた然なり。

黒龍江沿岸平原を流れに降りてサガリインのナニオに着き、やがて渡嶋にたどり更に東日流に渡りて日本國と曰ふ國造りをせしも、代降りては倭の民族にその居住域を攻防に久しく、日本國は國號ごと倭民に奪はれ、蝦夷と曰ふ呼稱にその賊とされ、永く現今に至る。然るに東日流までは平征叶はず。渡嶋の如きは、徳川の代にようやく知れるも、これを一統支配に致しことまゝならざる貧征たり。依てクリル族は山靼と交易し、その生々は倭に異ならしめたり。

衣食住は常にして越冬に備はり、飢ふるものなかりき。民族の祭りイヨマンテは、神のヌササンにカムイノミが天を紅く映し染むほどに、コタンを挙げて民族の安心立命を祈りたり。渡嶋國は四海の嶋なれど、これに千嶋の小島はカムイチャッカに至り、更にアラスカ國に至りぬ。既渡民は先代より居住し、この大國を全域に渡住せり。

代々をして南に域を擴め、居住の孫民を今に遺しぬ。
アラスカエスキモウ 一六族
イヌエット 十一族
アメリカンインディアン 二十七族
マヤ族 三族
インデイオ 二十三族
ありぬ。これらの國は、吾が國の百倍に過ぐる大國なり。この國の果つる處は常氷國にして、北極氷海と同じく夜光虹のいでむと曰ふ。

とかく人の住むる處に戦ありきは、カムイの信心空なれば起りぬ。信仰厚しとて、己が耳なる迷信なれば邪道なり。依て渡嶋民族は、古代シュメイル民の傳教せしアラハバキ神を宇宙一切神として、陰陽の天空をイシカ、大地の一切をホノリ、そして水の一切をガコとして、天なるを宇宙とし日輪を月倶にイシカとせり。この陰陽に以て暦となり、總ては流轉すと曰ふ。

イシカの陰陽にて、大地水の混成に萬物は生れそして老いて死すと曰ふ。アラハバキとは宇宙なれば、日輪の更に高きに在りぬ。宇宙は果しなく擴大なり。億兆の數なる星の界こそ宇宙なり。大地と近きは日輪にして、彼の光熱に依りて水は天空になる雲となり、大地に降りそゝぐ。その化因に依りて萬物は生れ、なかに吾ら人間ありぬ。

春夏秋冬の季節は、日輪の赤道・黄道に巡りて、風雪雷雨の因原す。大地は地底ぞ火泥なりせば、地をいでぬけ火山を起す。諸々の因原に依りて、生物は自から進化して世に生れぬ。

アラハバキ神を崇拝せる民族の創はカルデア民にして、古代シュメイルに發起せり。ツグリス・ユウフラテスの大河に肥土せる民の政權になれる國主はグデア王たり。世に語り遺す土版文字を以て民族の歴史を遺したるは、後世のギルガメシュ王より先代たり。既にして日輪の運行を測りて、暦を知りぬ。赤道・黄道に巡る夜の星座を十二に想定し、天文の智識、實測に成らしめたり。

古来宇宙天文の事は、カルデア民がシュメイルの地に於て学創の基をなしたるものなれば、天文の事は世界㝡古なりと曰ふ。昼夜の天體運行に能く觀測し、日輪の運行を赤道・黄道にて春夏秋冬の季節を悟り、暦を創り日輪・月輪の統計を測り、更夜の天體なる星を位置付けて赤道にめぐる星坐とし、十二星坐を以て一年の日割としたものぞ古代カルデア暦なり。

シュメイルに於ては、ツグリス川亦はユーフラテス川岸の粘土に楔型文字を以て歴史の實を後世に遺したるより、後世のアッシリア更にバビロニア・ペルシア・トルコ・ギリシアまでも、文字と曰ふ草分を世に遺した先祖なり。亦、後世のコプト及びギリシア・ローマに文字と曰ふ不疑の傳史を後世に遺すことを得たるは幸なり。

然るに、かくカルデア民の知識も世襲の攻防に故地を放棄し、新天地を未開の北東の地をさして脱し、永きに渡りてスキタイ・アルタイ・モンゴル・アムウル川両岸の平原を降り、樺太のナニオに上陸し、渡島・東日流へと渡来したときは混血の民族にして、故地の智識も冒頭なるものたり。

南部に遺れるめくら歴、東日流語部文字の原点に、古代カルデア民族の智識に由縁するものと覚つ置くべきなり。古代渡島の土民は、北日本を坂東までも古代信仰を今に遺せしは、アラハバキカムイなり。信仰の原点は古代シュメイルのルガル、コプトのアメン・ラア神、ギリシアのオリュンポス十二神、シキタイのブルハン信仰に混成されて遺りたるは、東日流の荒覇吐神なり。依て吾が國に倭神の渡る以前に於ては、アラハバキ神の一統信仰たるを知るべきなり。

田道將軍の詩に遺るゝは次の如くなり。

〽倭が國は
 やほよろづよに
  民挙げて
 巌に苔の
  満し國島

また日本將軍・安倍安國は次の詩を遺せり。

〽日輪の
 辺にこそ生る
  日髙見の
 民こそ古き
 國を遺さむ

征討のもの、防ぐものの將が、民を基なる國造りとて想ふ遺詩なり。
奥羽南端まで討征は試みたれど、倭軍の渡渡に平定せる由はなく、永く日本國とは坂東より北東を曰ふたりしも、康平五年日本將軍安倍貞任の討死にて、古代よりの一系國主は世襲に却り、日本たるの國號までも併せられたり。

然るに貞任遺子・髙星丸が東日流に落着し、一族を挙げて復興しける。東日流に於て海を征き、安東水軍の商易にオホツクの北洋に、モンゴル族系諸族の交易にて益を得たり。倭國にては天皇親政は地に崩れ、武家の政となりぬれば東西源平に別れ、戦の絶ゆむなかりき。ただ貧苦に底にあるは、民ばかりなり。

世界は文明をたどりて國益せるも、わが國のみは大界を知らず井中の蛙たり。平氏より源氏そして足利・織田・豊臣・徳川と移りゆく世襲のなかに、君坐を今に遺せしは安倍・安東・秋田氏と姓を攺め、遠祖を日本將軍として系譜をゆがむなく、出雲氏と同じゆう古史の巨頭にありき安東一族の子々孫々は、諸國にありて君坐また三春四萬伍仟石に大名たり。

永々たる歴史の實にありながら、自からは誇るなく、ひたすら一族の安泰を以て世襲に習はしめたり。想ふれば、國記・天皇記を穏藏し乍ら、安倍・安東・秋田姓に移してまでも、世襲に耐えがたきを耐えたり。世継ぎに於ては、京師の公卿より縁を深うなし世襲を極むるは、日本將軍の賴良以来禁を破りたるなし。然るに幕府は秋田氏を怖れ、海濱に知行あるを封じ、三春の地に永封せり。とかく、秋田氏に遺る一族の秘傳は秘傳にして安泰なりせば、いつ世にかいでむときあらんも、永き僞倭史に染む者の分目あらんも、史實は强きものなり。

荒覇吐神の社は未だに失墜せず。客大明神とて祀らる多し。世にこの神あるなれば、泰平永く保つなん。渡島に荒覇吐神の祀らる多きは、未だ安東一族の古傳絶えざる由縁なり。秋田城之介實季の文に曰く。

抑々荒覇吐神の事の候は、吾が一族の守護神に候。大古大祖より崇め奉る神に候へば、如何なる摂社に分離せども、民の信仰を欠くことなかり候。參禮は、三禮四拍一禮にして、祭文は古代より相変る事ぞ是無く候。

荒覇吐大神祝詞

かけまくも神留り坐す百萬先世の天宇宙の創より、八雲雷を祓い夜光の紅に天降りし荒覇吐神こそ、日髙見國の國神なり。祖人はこれをいつき崇てぞ曰さくは、古きの祝詞なり。
あらはばきいしかほのりがこかむい(三辺くりかえす・・・・・・・

神の稱名是く曰さば、世の天つ罪國つ罪わだつみの汚れ皆祓え淸まりて、諸々の神罰魔神の障り速に退散奉ることの由を、荒覇吐大神の全能なる神通力、他神にはあらずと、一心不乱の祈りにこめて、かしこみかしこみて曰さく、是の如く祭文に御坐候なり。

天正三年泰平山にて
秋田城之介實季

渡嶋には二十八社、流鬼にては六社の跡ありぬ。

右渡嶋の傳是の通りなり。
再書
長三郎末吉

明治卅年
和田末吉