東日流古事録(巻物)

石塔山記

承安二年七月壬辰正月
東日流十三湊住
安倍太郎貞季

抑々古きより、耶靡堆国明日香の郷に、加州犀川より移り来たれる安毎大王、三輪山に一族の居を永住す。三輪山とは、加州犀川の三輪山を號けたるものにて、倭の元なる山號は、蘇我山と稱したりと曰ふ。

安毎氏は安倍氏にして、此の地に至りてより、地王の大伴氏・春日氏・葛城氏・蘇我氏・和珥氏らの大王、天皇氏を奉りて倭國王の血縁を結びて立君せり。安倍氏は永く耶靡堆大王とて君臨し、東國にその配領を擴め、更にして奥州深くに日本國を興せるに至りて、倭王の衆起りて、築紫の加勢を、討伐行を起せり。

ときに耶靡堆王の世代王は、大王・安日彦王にてその副王たるは膽駒山富の住王・長髄彦なり。彼の王ぞ、安日彦王の弟なりせば、築紫の東征を難波の地に妨げたり。交戦三年を經て、遂に多勢なる併合の軍に敗れ、安日彦王・長髄彦王、東國より更に丑寅日本國に敗北せり。

依て、倭を一統せる併合軍より、天皇氏を以て人皇第一世を立君とせり。北落せし安日彦・長髄彦、また地民の親睦を得て、丑寅の日本國王とて君臨せり。

折しも支那より晋民、脱難し、漂着せし東日流にて立君の儀體を仲介せしに依りて、日本國とて東日流石塔山にて挙行せり。即ち、丑寅日本國大王の創にして、荒覇吐五王の出世たり。地語にして是を、おてなと稱しけるなり。

依て日本國とは、倭國とは一統の國體と異なれるは、旧唐書・新唐書に證ありぬ。倭人の曰ふ、天皇を神の一系にして、倭神を奉じて天地の神々を以て地民の崇神と併せて、神々を八百萬神に創りきは、無にいだしめたる夢幻・夢想に創りき神々たり。

依て、倭の大王とて、神を以て祖となせるは僞傳にして、その歴史とて空位・攺王の傳々たるを密とし、造話・作説に多けるなり。もとより倭の大王たるや、一世の佐野大王をして古事の一刻になる幻王たり。依て數多き世代に、大王をめぐり爭乱ありぬ。倭の爭乱世々にして、その空位にありて、その天皇に郡主・五王の君臨なさしめたるも、築紫・出雲を併せしより天皇たるに君臨せしは、現に成れる天皇なり。

現に成れる天皇とて、その血統に於ては、時なる特權の外系に染みて正統たるはなかりきと曰ふ。

安日彦王・長髄彦を一系とせしは荒覇吐信仰を基にして、固き掟に安倍・安東・秋田一族とて今に絶ゆなきは悦の極みなり。石塔山荒覇吐の信仰は、古今に通じて王統を誇りけるもの故に、存續し世襲に絶えざるには幸なり。

寛政元年四月 秋田孝季
末吉㝍

大古より世にある事の記し置けるは語部

(※以下欠落)