東日流六郡誌 全説一

文政庚辰年謹書  秋田次郎橘孝季
和田壱岐守吉次
菅井眞澄
藤井伊豆

謹秋田映季捧本巻

本巻東日流六郡誌は、古今に通じて日本公史の傳に乘じ難く、亦朝幕の權政に障り多ければ、實史たりとも現今の世襲にはばかる多し。依て門外不出、他見無用と心得べし。
右戒告之事如件。

文政庚辰年謹書原書
明治壬申年正月元日
和田長三郎末吉寫

序説

倭國飛鳥郷安倍邑に、安日彦王髙倉を司りて、耶馬台王たり。亦、弟なる長髄彦副王は、北膽駒郷白谷邑に分倉をして司り、第三男になる磯城彦は、三輪郷の箸墓に司り、是を耶馬台國・司政三王と稱したり。

遠祖耶馬止彦王に累代せる王家にて、その氏姓を安倍、亦は登美、更には日下と稱すも、正王を以て日下將軍、庶家をして磯城王・登美王とも稱したり。依て是を總じて日下王と稱して通じるも、その下稱に磯城日下王・登美日下王と稱して、庶家なり。宗家をして耶馬台日下王と通稱せり。

亦、耶馬台五王とは、倭國の他に四王あり。古きより物部氏あり、熊襲氏あり、日髙見氏あり、坂東氏ありける。更にして郡主あり、縣主ありて八氏を加ふるなり。出雲氏・猿田氏・越氏・海道氏・淡氏・都母氏・木氏・阿蘇氏なり。

古代の神なるは、荒覇吐神になる、支那古代に起りし天池神・白神・九首龍神なる異稱多しも、聖王母・伏羲・女媧を天地水神とし、是を護る饕餮を以て守護神とせしは荒覇吐神と曰ふ。依て吾が國にては白神信仰、古代より一統の神たりきを心得べきなり。

抑々、朝鮮國の白頭山天池より、吾が國の白山白神の信仰傳来せしは史實なりき。古代歸化人の流布せしは神道にて、佛法の渡来よりはるかなる古代傳統なりせば、諸國に白山信仰、卽ち荒覇吐神、今に遺る多し。

耶馬台國王朝ぞ、その古きこと以て現今に遺りぬ。その教道は支那天山の天池信仰に起り、朝鮮國白頭山天池信仰と相成り、吾が國の白山白神の信仰に固定なし、天池なる山頂湖を神とせる信仰ぞ荒覇吐神と今に傳へ遺りきは、築紫日向降臨神よりはるけく亦、眞如實相なりきと古人は曰ふ。

依て、荒覇吐神とは天然にして、耶馬台國なる國神とて、三輪大神神社今にして山を神靈とせしにや、日本古代なる相なりき。更にして、東日流なる天地水神あらはばきいしかほのりがこかむい信仰ぞ、その根元なりき。

文政庚辰年七月六日
秋田次阝橘孝季
和田壱岐守吉次

一、安倍春秋禄

安倍賴良、天喜乙未年八男則任を東日流十三湊に六歳なる幼主をして着任せしは、倭朝の攻めぞ、一族の急を究む餘感に依れる者也。

則任安倍八郎、十三湊白鳥舘主たりしは、その重臣に田村次郎太・五十嵐賴母・小田桐出雲・閉伊六郎兼平ら附添はしめたり。天喜五年四月、十三湊に入澗城を築き、住むる安倍一族壱萬二阡人、東日流武家衆とて備りぬ。

時に則任幼少なれば、家来・閉伊六郎兼平に文武を習へて長じたり。天喜丁酉年、源賴義、總勢七萬騎を以て奥州を侵略する時に、安倍軍、鳥海の柵にて是を防ぎけるも、味方なる安倍富忠うらぎりて源軍に通じて反忠せしにや、鳥海柵の陣崩れたり。

安倍日下將軍賴時、垣楯より攻寄せる敵情を探りけるや、不覚なり、流矢に胸を射られて殉ぜり。賴時の討死ぞ安倍陣中に報ぜられしに、安倍厨川太夫貞任、賴時に代りて日下將軍となり、源軍をいたる處に討破り、安倍富忠を捕へて斬首せしにや、源軍戦謀を失ひて敗走せるを追討し、源賴義從者六騎にて奥州より遁走せり。

故賴時の遺骸を平泉なる佛頂寺にて仮葬せしあと、荷薩丁に葬行なし安日山淨法寺に埋葬しける。厨川貞任、時に盲目なる井殿を別當として寺住なさしめ、弟宗任を衣川柵に、家任を矢巾柵に、重任を黒澤尻柵に、正任を川崎柵に配陣なし、厨川柵を己が子息・千代童丸に委せ、己は羽州なる淸原武則らと栗原一の迫に陣をなせども、源軍来らず、陣を更に白河に楯を出陣せり。

時に淸原氏、来らぬ源軍に守陣浪費とて羽州に引揚ぐを貞任怒れども、亦術あらず自らも夜冬の寒にたえがたく、衣川柵に引揚たり。この報に元軍の將・賴義、羽州に淸原氏に親近し、安倍氏への反忠を謀りぬ。

淸原氏是に乘じて誓たれば、いよいよ源軍、源賴義を將となし康平壬寅年、奥州討伐の兵を挙ぐるなり。

官軍に勢を併す者、諸國より七萬騎。是に羽州淸原勢の反忠軍三萬騎、併せて十萬騎の源軍なり。向へて應戦なす安倍の總勢四萬五千騎。軍謀いたる處に先手を欠き、栗原一の迫に抜かれ、鳥海柵・川崎柵も抜かるまま、是れ淸原氏の反忠とぞ知りたるは、既にして衣川柵を厨川に退けるときなり。

淸原氏を討つべく髙畑越中・菅野左京ら軍を挙げて淸原陣に赴けば、既にして源軍に遁走せしあとにて、茲に日髙見の荒覇吐王統にある安倍一族の總勢をかけて戦ふ厨川の陣は修羅場と相成れり。

時に、日下將軍貞任は敗兆を覚りて、未だ乳兒なる髙星丸を東日流に落し一族の再興をと、髙畑越中・菅野左京ら三千人の女・童・老人らを伴せて、戦起の二十日前に落忍ばしむ。乳母・中一の前にいだかれし髙星丸、しばし父貞任に今生の惜別をなしけるも、無心なる髙星丸聲挙げて笑ひけるを、貞任遺言す。

星丸よ、大なれよ。末代に安倍一族の鷲とならめ。亦、饕餮となりて邪道の侵魔を滅せよ。

とて楓の如き手に、己が愛刀寶寿の太刀を握らせしに、近臣みな涙せりと今に傳へなむ。

文政戊寅年六月一日 藤井伊勢

白百合黒百合物語

飯積郷に白髪の翁あり。世稱に安東様と曰はれむ。童ら、常にこの老翁に集いきて、昔物語を聞く。老翁の語るは、白ゆり黒ゆりの、悲しき蝦夷娘ピリカメノコ・安東髙星丸の戀物語ぞ聞くるまま、この巻に記し置かむ。老翁の曰く、

聞取書第一話

抑々世の創めを、神なせる世とぞ曰ふも、神とは人間の想に夢覚せるものにて、宇宙の成れる創めぞ、暗き一点の光明もなき、億兆年の過ぎしかた、質物なき塵の漂ふより起りし動化にて、大爆列起り、創めて暗界を光熱に満せるより、星雲の宇宙天體ぞ誕生なせり。星雲とは、億兆の星に成れるとも、塵の如きものなれ。諸塵相併せ固りたるものより大なるを恒星、小なるを惑星、更に小なるを衛星、塵如きなるを流星と曰へり。

宇宙にて星をして生死あり。陰陽星ありて創誕せるとも、星の死は爆烈に依りて死すと曰ふなり。星の死を宇宙に觀たるは、天喜元年の世にして、安倍賴良・日下將軍これを占へて、古来永代一族の系累に異変兆したる故に、一族の者を東西南北に移り住はしめたりと曰ふ。安倍一族とはその大祖を尋ぬれば、支那に住むる太古民紋吾呂夷奴と曰ふ。

支那古代に北風荒れ、地表を黄土とて逆巻ける世に、住民、諸方の安住を求め、わが國に渡り来るを祖先とて史實なりと曰ふ。依て、人種は神よりいでたるなく、更にその先を尋ぬれば猿人にて、猿人の祖は猿にて、猿の祖をたぐればねずみに至ると曰ふ。更にまた先を尋ぬれば獣物にて、獣物の祖は海魚と曰ふ。

依て萬物は、日輪・地界ぞ星に誕生せし世世の移りに、日光熱に地海の辺に發生せし菌なるものより生命起り、種に分岐なし、光陰を過ぎしかた成れる萬物のなかよりいでこしたるは人間なりと覚つべし。

依て人祖は白人・黄人・黒人とて、もとなるは一祖の種より分岐せるものなれば、神なる子孫ぞあるべきもなし。世に能く人相せしを神と造り、亦繪書せる多しとも、神とぞ曰はしむるものぞ天なる一切ぞ神なりと覚つべし。依て、迷信に心を惑はす勿れと戒むなり。

聞取書第二話

吾が國の創むる處を、髙天原とぞ曰ふ。そこなる神ぞ、下界を牟にかきめぐらして成れる八州ぞ日本なりと曰ふは荒唐信じべきに價なく、架空なり。史實に當て見つる吾が日本國は、支那移住民・南海渡民の移住にて人祖と覚つべし。

茲に安倍・安東・秋田氏に世代せし奥州の歴史ぞ、迷信なき史傳なりと信ずるものなり。太古に支那より渡り来たる移民あり。阿曽辺族とて稱せるも、アヤ族・クヤカン族と稱して通ずる處なりと曰はれむ。

民集りて成れるを、國と曰ふ。古代にては日本國に百八十餘國ありて、勢あるもの小國を併せ、終にして西南・東北に併せて成れる國を耶馬台國と曰ふ。亦ひとつを倭國とぞ曰ふも、定かなるは國勢ぞ、奥州・坂東・越州・東海道・南海道・大和・山陰・山陽・築紫・日向・髙砂らを以て王朝ありと覚つべし。

さて吾らが奥州は古代日髙見國と稱し、屬せし國は日髙渡島國・流鬼國・千島國・神威茶塚國・角陽國・夜虹國なり。住むる民ぞ、阿曽辺族・津保化屬にて古代主あれども、倭の耶馬台族、西南の侵略に起つる日向族に敗れ、奥州に大挙して落来るより、民族併せて荒覇吐族と相成り、その王位一世を安日彦王、その副王を長髄彦王と曰へり。

耶馬台族とは太古より耶馬止彦一世に創りき王國にて、中央髙倉を明日香の安倍邑に置き、その東西南北に副王とて四王を分倉王とて配し、是を耶馬台五畿王と稱せり。東は膽駒嶽白谷郷の長髄彦・北は三輪山の箸墓邑の磯城彦・西は比叡山の大津邑白神彦・南は箕面山の麁速彦を以て五王の中央なる安日彦王を奉じて、國司どれり。

然れども、築紫より攻め来たる佐怒王に國敗れ、奥州に落着なし、茲に安日彦・長髄彦再君なし、荒覇吐王一世とて日髙見國たる併合王國成れり。海産稻農産及び産金貢馬の地産にて、無敵なる子孫を代々す。

安日彦王祖、明日香の安倍邑にあり。故地號を姓氏として、安倍日下王とて通稱す。

聞取書第三話

東日流より再挙せし耶馬台一族、山海に弓矢とりし、暮しを農を以て再興せしにや、髙倉を荷薩丁より閉伊に移しけるを安倍日下將軍安國と曰ふらんに、倭の朝榮あり、上毛野田道を奥州平征とて軍を挙げたり。伊治水門にて田道の兵敗れ、田道討死せり。

ときに安倍一族、國防を坂東に先陣を築き、倭人の移住を禁じたり。その境は越州糸生河より坂東なる鹿島灘に至る國の域を決したりと曰ふ。卽ち移り住む倭人とは皇土とて、荒覇吐領に入るを断ぜし宣言なり。

然るに、奥州にては支那職工に依りて産金を得てより、安倍一族の黄金は支那に聞え、求めて来舶せる多く、砂泻湊・十三湊らに通商振はしめたるは史實なり。依て、倭人もまた境を越え来るありとも、多くは坂東にて断たれたり。

かくして阿部比羅夫如きは軍船をして奥州を侵せしも、一歩の上陸を得ずして、追討されたるは事實なり。安倍國東の代にては、産金貢馬の頂に達して、佐渡島黄金・陸州黄金・羽州黄金・東日流黄金・渡島黄金をして、五産金を荒覇吐神の神殿とせしにや、その柱床・屋根・神像に至るもの皆金地金と曰ふを地底洞に築造せりと曰ふ。

卽ち是ぞ、一族累代に依りて秘められたる財寶なりとて、その量計り知れざる巨財たりと曰ふも、その秘處なるは未だに知る人ぞなし。古書にては荒覇吐神ぞ祀らむ處に藏すとぞ曰ふ耳なりき。

安倍一族が前九年の役にて崩滅せども、東日流に再興しけるは何事あっての財ぞや、姓を安東と攺め渡島蝦夷をして人種の差別を造らざるは、安東一族が家訓にて、一族の血累には人の上に人を造らず人の下に人を造らずとて祖訓とせるは、この黄金を産し一族の急に備へたる一大事の秘事なればなり。

然るに、安東髙星丸が東日流に落着せしとき、一歳にも足らざる乳兒なれば、乳母の中一の前に養育され、髙畑越中・菅野左京らの重臣に文武を習へて人となりしも、髙星丸とて人の子なれば、寛治元年渡島に渡り日髙のイオマンテに招ぜられしとき、地のオテナなるハクシャインが娘ピリカメノコを仕らせるときに、髙星丸このメノコを愛しみ己が室女にと東日流につれゆかむとせしにや、乳母中一の前に禁ぜられ、二人は生木の枝をさかるる如く別れたり。

ときに、ピリカメノコは恋を失せるに、阿寒の湖水に身を投じて死したり。彼の魂は黒ゆりとなりて、今も咲く花と曰ふ。髙星丸とて心痛み、東日流に歸りてピリカメノコを愢びて詠みける歌ぞ、今に遺りけるぞ、悲しき。

〽わが黒ゆり妹子ピリカよ
 われ奥陸の白ゆりとて
 なれ死に給ふ勿れしや
 移し世の来世に遇はん
 愛しや吾が故に魂とならむ
 恋ふるピリカよはかなしな
 蝦夷とて人の異るはなきものを
 やるかたなきわが想ただ涙なれ

かくやありてこそ、一族をして渡島なる蝦夷と婚ぜるを赦したりと曰ふなり。

文政戊寅年八月六日聞書
秋田次郎橘孝季