東日流外三郡誌 第三百六十八巻

※一部断片のみ掲載

奥州史談 三、

相馬文書に曰く。處は平將門、坂東にありて平家八氏の覇を以て東國に日本國の新天地を興さむと、奥州の日本將軍安倍氏と對面仕り、武州に倭の執政を制ふるもその實を挙ぐに至らず。朝賊とて討伐さる。

將門自ら神皇と宣したるは石井の地に天皇記及び國記を奉じて、古来の日本歴史に誠實ならん事を覚り、蘇我氏に傳はるこの二書を挙して倭朝の愚政を正さむとす。

坂東に於ては民貧しく、朝税重く、地政何事も爲らざる税制に苦むる他、安らぎなければ、將門これを破り民の安住を先とし、國倉を開き民の暮しを安泰に農耕の實を挙げたり。

依て、税に苦しむる他郷より逐電し来たる難民を救ひ、筑波の山麓を拓き、その農地大いに振興せり。將門、その農収を輕税に以て民をいつくしみ、石井の地に舘をなして坂東到る處に在神なる荒覇吐神を復興せしめたり。

農耕、順風なれば、神の祭祀も大いににぎわふたり。武藏の人の満る安住の境地なれば、民は將門を神皇とて奉りぬ。

もとより、將門に蘇我氏の遺寶ありて藏す。天皇記及び國記なり。蘇我氏、甘橿の焼討にこの二書の大事をとりて事前に臣の豊島賴母にたくし、坂東に逐電せしめたるに、安全たり。

豊島氏、これを武藏の荒覇吐社に神巻とて奉じ、代々に護持したるものなりせば、將門これを拝讀せるに、倭朝のなれるさま、こつじきや、日本書紀らの眞實を欠く歴史のおろかさに目覚たりと曰ふ。

將門また大事をとり、これを筑波社に秘藏せるも、事あらばとてこれを妹背なる辰子に、出羽の秘社に隱藏せしめたりしも、此の書、日本將軍安倍氏に渡り、更には何處にか秘藏の由とぞ。相馬氏文献に遺りきものなり。

寛政五年   秋田孝季

奥州史談 四、

(※以下、欠落)

大正八年六月 和田家藏書