丑寅日本繪巻

秋田孝季画

岩木山

東日流中山

東日流古事録

東日流とは日本國の國末にして領土の中央なり。北辰に進みてはくりる族の渡島及び千島の島國。更にして樺太・山丹に至りては擴野果なき民祖の地は紅毛人國に續きぬ。

樺太のなにお湊より黒龍江を登ることもんごるにぞ至り更にはあるたいに續き、途にばいかる湖ありてぶるはん神の聖湖たり。住むる民族、吾等と同じくただ言語の異る耳なり。紅毛人國に至るは天山の山道を越へて至るなり。東日流より幾千里にして明國なる萬里の長城も盡る果に紅毛人國ありき。とること曰ふ國ありて、あららと山此の地にありき。

また黒海ありて、その境辺にとろいの古跡ありきも傳説の語りに地民古事を語る。越えてはぎりしや國にて神の聖山おりんぽす山ありき。あてねの古跡ありて石の殿堂あり。多神の像今に遺りぬ。南に船出ては、こぷと國ありて石の金字塔ぞそびゆ。更に南に至りては黒人國ありて東に赴けば、しゅめえる國に至るなり。

天明二年八月二十日
秋田孝季
末吉㝍

荒覇吐神談議

論師安倍貞季

古き世より人の解く道理に反きあり。神なる信仰にも萬人の同意あるべくはなかりけり。神道は萬天宇宙、山川草木繁き大地、波涛洋々たる大海の千尋に深きより、生とし生ける萬物生命の源因になる一種の分岐より世に人たるの誕生に至りぬはめでたけれども、人の生々は萬物生命の仇たる生々行爲常にして神の創りき萬物を追伐してやまざるなり。

依て世に神の創りき生命の種をば根絶してやまざるは、果は人の滅亡にかゝはれるを知るべくを知らざるなり。荒覇吐神は吾等が祖人より子孫に、かゝる道理を歴然として、信仰にて警鐘せり。即ち荒覇吐神の教理は人耳にあるべく信仰ならず、生々萬物みなながらの護るべくの要する道理に解くものなり。人耳の生々併せし信仰は誠に外れ、如何なる奇談を用ゆとも神の天秤に罪を計りては輕きはなかりきなり。

神とは人の造りき像ならず。また神社佛閣の築設にも、神靈の天降るはなかりきなり。神とは天地水一切のものにして、人の感得に雲泥のへだつりあり。亦信仰の行爲にて應ずる事もあるべからざるなる。神の忿怒は人の信仰に鎭むなし。

荒覇吐神とは非理法權天の理りにて、信仰の趣意道理の實行に盡すことの信仰なり。生々のものものは、萬物何れも子孫を遺しべく生處の分あり。生死をして次代に輪廻せるは、人として何事のくらぶる處変ざる生々なり。吾らが祖来より、必要の他に生々のものを殺生をせざるは、神への救はるべく信仰の要たり。信仰に稱へて曰すはたゞ、あらばきいしかほのりがこかむい、とぞくりかへしぬ。

荒覇吐神は相を変化して、神罰の程は怖しき威力なり。大地を震はしめ、海に津浪、山に火吹き、空に龍まき、洪水のあらぶるは人の怖るゝ處なりきも、人は多神を造り衆を惑はしむ信仰を造りて迷信に解くこと、今昔に盡きざるなり。依て善惡も盡きざるなり。

荒覇吐神信仰の誠は、眞如實相の信仰の信念ありき。その誓に曰く。

誓願之祭文

天地水に鎭座せる全能の神ぞ荒覇吐神なり。吾等が信仰に奉じ神の神通力に心身を委ね給ふなり。

如何なる生境にあれど、言語一句にも敵を造らず惡因を断て、萬物と調和して睦むこそよけれ。神に身心を委認し安心立命とせるは無上の誓と信じ、是を今より實行す。あらはばきいしかほのりがこかむいに、誓て曰さく。

是く丑寅の民は起誓をなせるは暮しの常たり。神なる聖地を深山にぞ鎭め給ふは古来の傳統にして、東日流石塔山はその秘境たり。社に赴くも參道を造らず、一木一草たりとも伐せず、境内にては不殺生たり。

寛政二年九月十九日
秋田孝季
末吉㝍

石塔山記

承安二年壬辰正月
東日流十三湊住
安倍太郎貞季

抑々古きより耶摩堆国明日香の鄕に、加州犀川より移り来たれる安毎大王、三輪山に一族の居を永住す。三輪山とは、加州犀川の三輪山を號けたるものにて、倭の元なる山號は蘇我山と稱したりと曰ふ。

安毎氏は安倍氏にして、此の地に至りてより、地王の大伴氏・春日氏・葛城氏・巨勢氏・平群氏・物部氏・蘇我氏・和咡氏らの大王、天皇氏を奉りて倭國王の血縁を結びて立君せり。

安倍氏は永く耶摩堆大王とて君臨し、東國にその配領を擴め、更にして奥州深くに日本國を興せるに至りて、倭王の衆起りて築紫の加勢を討伐行を起せり。

ときに耶靡堆王の世代王は、大王・安日彦王にてその副王たるは膽駒山富の住王・長髄彦なり。彼の王ぞ、安日彦王の弟なりせば、築紫の東征を難波の地に妨げたり。交戦三年を經て遂に多勢なる併合の軍に敗れ、安日彦王・長髄彦王、東國より更に丑寅日本國に敗北せり。依て倭を一統せる併合軍より、天皇氏を以て人皇第一世を立君とせり。

北落せし安日彦・長髄彦ら、また地民の親睦を得て、丑寅の日本國王とて君臨せり。折しも支那より晋民、脱難し、漂着せし東日流にて立君の儀體を仲介せしに依りて、日本國王とて東日流石塔山にて挙行せり。即ち、丑寅日本國大王の創にして、荒覇吐五王の出世たり。地語にして是をおてなと稱しけるなり。

依て日本國とは、倭國とは一統の國體と異なれるは、旧唐書・新唐書に證ありぬ。倭人の曰ふ、天皇を神の一系にして、倭神を奉じて天地の神々を以て地民の崇神と併せて、神々を八百萬神に創りきは、無にいだしめたる夢幻夢想に創りき神々たり。

依て倭の大王とて、神を以て祖となせるは僞傳にして、その歴史とて空位攺王の傳々たるを密とし、造話作説に多けるなり。もとより倭の大王たるや、一世の佐野大王をして古事の一刻になる幻王たり。依て數多き世代に大王をめぐり爭乱ありぬ。

倭の爭乱世々にして、その空位にありてその天皇に郡主・五王の君臨なさしめたるは、築紫・出雲を併せしより、天皇たるに君臨せしは現に成れる天皇なり。現に成れる天皇とてその血統に於ては時なる特權の外系に染みて正統たるはなかりきと曰ふ。

安日彦王・長髄彦を一系とせしは、荒覇吐信仰を基にして固き掟に安倍・安東・秋田一族とて今に絶ゆなきは、悦の極みなり。石塔山荒覇吐神の信仰は、古今に通じて王統を護りけるの故に存續し、世襲に絶えざるには幸なり。

寛政元年四月
秋田孝季
末吉㝍

大古より世にある事の記し置けるは語部録なり。語部録とは、丑寅日本國の國に渡来し土着せる民族・阿蘇部族、次に津保化族にて、國を肇む事五千年前に遡りぬ。代々、山海の幸に衣食住に安養し、人の和を保つ民族一統を自發して、丑寅日本國を坂東に至る民族權を渡統せしめたり。

古代信仰あり、荒覇吐神と曰ふなり。その發祥なる地は、はるかなる波斯の地より吾が國に渡来、民族の傳ふるものなり。凡そ民祖の地は、渡来故地なる波斯の地なりと曰ふ。

抑々、宇宙成れる創より、創るは因と果なり。阿僧祇の星は銀河となり、日輪や月界誕生し地の星は成れり。陸と海に表をなせる地球星は、日輪の光熱を適當し、海中に生じたるは藻の如き微生物生じ、やがて成長したるは萬有の生命體なり。今にして世に生存なき生命をなせし古代なる生物の岩となれるを、山野に見付くるありけるありて、古代の證となせり。

萬有生物生命は、常にして風土適生に耐生を生長化せしめ、世に人間とて誕生せしは吾等人祖にして、白黄黒肌の三種に誕生すと曰ふ。人は各々種を重じて闘爭を以て続榮を欲するが故に、智のある民は未知なる國に求めて安住の新天地を、日に向ひて移りぬ。人は宇宙の運行を見つけて暦を知り、言葉の代りに文字を以て傳ふるに知覚す。

丑寅日本國の文字は、語部にて遺さるものなり。依て古き代の事は今に傳はりぬ。丑寅日本國は國の創より、語部文字に記あり。倭史の神代とは異なれるなり。丑寅日本國の史は神の事、歴史の事は区を分つなり。神事とは信仰にして、人の祈りの他非ざるなりと力念す。依て奇想天外なる非事實は、一行だに記逑のなかりきなり。

信仰にして荒覇吐神を記逑あるも、その要なるは哲理にして、因と果になる萬有なる眞理の他に神として人身に結ぶるはなかりき。如何なるをしても、人身は人身にして、大王たりとも神とは成らざる道理を解き、迷信に随ひざるを導くは信仰なり。

依て、倭史の如き神代とあるに惑ふべからず、能く己れを心に不動たれ。宇宙に不動たる北極星の如く、世の阿僧祇なる造話作僞の信仰に歴史に惑ふ勿れ。眞實は一にして、二つのあるべからざると能く心に不壊たるべしと戒しめ置ぬ。汝心不動たれば、あなかしこ、草々。

寛政五年正月
秋田孝季