丑寅日本國史繪巻 貮之巻

秋田孝季華押

古代コプト史聞取帳

大古なるコプトの紀元は五千年に遡り、その王國三千年をして王統の史をば遺せる近國メソポタミアなる古事シュメールと相双ぶる古代になる歴跡史を今に遺して存す。

コプトのナイル河、シュメールのツグリス・ユウフラテス河、その環同候にして、古代より農耕を以て國を肇むる王國たり。シュメールのジクラート、コプトの金字塔もまた型を同じゆふして今にその遺跡を砂丘に頭顯せり。

依てその信仰に於ても、陽界を日輪とし北極星を陰界とせるありき。シュメールにてはアラハバキ、コプトにてはアメン・ラー、天地水の神と奉りぬ。吾が丑寅日本國になる國神こそ古代シュメールの神として山靼より渡来せしものなりと曰ふは、シュメールよりシキタイそしてモンゴルを經にして渡来せるものなり。シュメール王グデア・ギルガメシュ大王の世なりと曰ふなり。

コプト國にては未だ王統ぞならず、カルデアと曰ふ者ありてコプト王たるの傳ありける。シュメル・コプトの間にエスライル國ありて、信仰に於てアブラハム神を崇拝せるユダヤ民族あり。シナイ山を神とて信仰せり。是の民なるは、神の人を創りしアダムとエバを人祖とぞせん民にて、後にエホバの神とて攺むるはキリストなりと曰ふは通説なり。

此れらの國々をオリエントと曰ふも、支那にては波斯とぞ曰ふなり。依て吾が國に渡来せるアラハバキ神仰は、コプト・シュメール・ギリシャ・エスラエルの神々を混合し、更にはモンゴルのブルハン、支那の西王母、天竺の外道シブァ神までも混合して渡来せる多神教たり。

右、語部録より譯す。

寛政二年七月二日
秋田孝季
和田壱岐

コプトの古代神にプタハ神・クヌム神・トト神ありて、更にはヤベク神、朝日の神ケプリ、夕日の神アテン、眞昼の日輪をラーと稱したり。依てプタハ・クヌム・トトの三神を水の神と稱し、大地の生命を司る神をオシリスと稱しぬ。

更には宇宙神なるヌウト女神、天空なるシューシューなる神、死の神アヌピス、人の守護神ホルスとイシス、常世國をイアルと曰ふ。

代々のファラオ即ち大王は隣國シュメールに習ふて、北斗星・北極星を牡牛を型に星座をなしてイアル神とせり。

天明甲午年八月二日
コプトに於て老古に聞く。
メンナ法典に明細す。
秋田孝季

コプトナルメル大王法典に曰ふところは、北天宇宙に不動たる北極星あり是をイアル星と曰ふ。世にある神々は彼の星より天降りて萬有を創り給ひき。

宇宙を創り神の聖火に生れたる星々ぞ阿僧祇なり。日輪・月界・地界もまた誕生せるはイアル星にて成れる神の産ける總てなり。陸と海にて成れる地界萬有總ては北極星にて成れる全能の聖星にして、その化に非ざるはなかりけり。

依て生々のうちに誓願し、死して魂をイアルに赴むかしめよ。その導程あり。汝、世にありて爲せる業をオシリスの天秤に善悪の輕重を死後に量らる冥界関あるを知るべし。

コプト遺跡巡回記

寛政庚戌年㝍
和田壱岐画

汝、人々に迷惑なかりしか
汝、罪を隱し事なかりしか
汝、神を冐瀆なかりしか
汝、弱貧の者を虜待なかりしか
汝、人に罪を被せることなかりしか
汝、奴隷を人と思はざりしか
汝、僞善なかりしか
汝、神の天秤を輕しと思はざりしか
汝、淫蕩なかりしか
汝、盗癖強奪なかりしか
汝、殺生なかりしか
汝、親と子を捨つなかりしか
汝、あはれみの心なかりしか
汝、神に信仰なかりしか
汝、掟を破り悔なかりしか

右、コプトナルメル法則なり。

天明甲年聞書
秋田孝季

山靼巡禮地写


黒龍江景


モンゴル大平原


バイカル大湖


シキタイ平原


裏海遠望


黒海峽


ヒサリック丘


オリンポス山


シナイ山


シュメールジクラト


ペルシャ海


インダス河