丑寅日本國史繪巻 十一之巻

秋田孝季

抑々丑寅日本國は、倭史に曰はしむれば無稽なるものとして史陽に除き、丑寅は皇宮の鬼門に當る凶方位として忌み常にして化外の蝦夷地とて未開蠻人の種に侮りて、人祖十五万乃至三十万年の古事になる史證も史記諸書に遺るなし。

倭史になる上古の史記は神代を以て筆頭とせるも、まさに史の實に當りては夢現幻想の神話にして、史の實たるはなし。皇統一系にして、その討征の他は歴史に除きて、反きし國主は倭王の賊として書遺る耳なり。

まして吾が丑寅日本國の如きは化外の蝦夷とて、たゞ小動なる事にもその討伐行を架空誇大に記しきありて、實に當り笑止千万なり。丑寅日本國とは東の日の出づる國とて、山靼民の稱に號けたる國號なり。

閉伊なる魹ヶ崎、東の海に旭日の昇る最端とてオリュンポス十二神を祀る。古人のなかにはるけきギリシアよりの歸化人ありて、その名をソクラペテウスと傳ふ。山田湊小島一をセウス島、二をヘラ島と曰ふ名付は、彼の歸化人と曰ふなり。

この湊に祀る神を荒覇吐神と曰ふは、安日彦大王の名付くるところなり。坂東安倍川より北方、西は越州糸魚川に至る地溝をして堺とし、東北を日本國、西南を倭國とせしは、古百八十六國の集いに定まれるところなり。

丑寅の國、海幸豊けく馬飼・採鑛の技に倭國を先抜けり。大古より丑寅に隱住せる倭人ありて侵害是ありければ、坂東関・越州関の間十二関を以て防人を遣して護りたり。

安日王は西海、長髄王は東海の警に當り、その内陸に五王・縣主・郡主を配して護國するを荒覇吐五王と曰ひり。民族を流鬼島ウデゲ族、千島のクリル族、渡島のカムイ族、東日流のツボケ族、宇曽利より東海民を麁族、西海民を熟族、坂東の民アシマハヤ族、越の民を白神族と稱したるも、併せて丑寅に住むる民をアラハバキ族と總稱せり。

神の信仰を以て睦を深くして人命の尊重を旨とし、戦爭のあるべきもなき泰平と、飢餓災害の救済を以てその流通を道橋を施し、如何なる小邑とて相通ぜる速配を旨とせり。

人を以て上下の階級を造らず、平等に以て生々を相互とせり。然るにかく一族の泰平を犯す者は掟を以て裁かれ、その重輕にて罸を科したり。丑寅に住むる歸化人にかゝる渡世の政事を彼等が故國にぞ験ありて、一族皆是に從卆す。

山靼往来自在なれば、歸化移民も望に委せて何事も支障なかりけり。

寛政五年二月 秋田孝季

憂政論

妻兄秋田孝季翁に供行仕り、山靼及び波斯尚以て紅毛人國に旅程し、三年四月の間古代オリエントの諸國を巡遊仕りて心身以て覚得せるは、太古にまた現代に、吾が朝幕の治政ほど世界諸國の後進にある國はなかりきと憂ふ耳なり。

史跡を巡禮し、はるかなる古代に於ても尚亦然なるところなり。近くは明國の萬里に續く長城も、モンゴル騎馬の進攻に何事の防ぎやなからん無用の長物なり、と山靼民は曰く。

亦信仰を以てその律に戒に統治せんとせるも、如何なる小民族の祖信排斥にぞ圧しては報復の憂を被るありぬ。依て彼の元國とぞなりにし太帝國にては、民族各々信仰は自在たりと曰ふなり。

モンゴル民は少數民・多族にして祖来の信仰各々異りて、その信仰に新風のありけるはラマ教にして僧の出家多し。神の祖来にあるはブルハンにして、天然自然を崇むるは四季移住のゲルに暮す祖習の故なり。

旅をアルタイの平原に越えにしてシキタイ民に至りても然なり。今は故國に信者もなきギリシアの神々も、この地にては信仰に遺るありき。古代オリエントの信仰にあるエジプトのアメンラー神、ホルス神、イスシ神、ハトホル女神、オスリシ神、ヌウト女神、アヌピス神、ケプリ神、ソカール神、アメミット神。ギリシアにては神々尚以て多く、神なる系譜にてはペルセウス・ヘラクレス系あり、アテナイ系あり、オイディプス系、アイオロス系、タンタロス系、ペロス系、アトレウス系ありぬ。

更に古代なるカルデア民の故地なるシュメールに至りては、今は砂中に埋るヅクラトに祀らる神アラハバキ神・ルガル神の信仰はその故地に遺るゝは希なり。吾が丑寅日本國の神・荒覇吐神の由来は此の故地に發祥せる神にして、戦乱に脱せるシュメール民のシキタイ・モンゴルを經て渡来せるものなり。

まさに故民は偉きなり。

文政五年六月 和田長三郎吉次

紅毛人國図一、


黒海、ミユシア、アルユギア、マルマラ海、トロイア、リュデイア、トラキア、レスポントス、イオニア、マケドニア、アイガイア海

紅毛人國図二、


オリュンポス山、テッサリア、アイガイア海、ホイオテイア、アカイア

紅毛人國図三、


エスラエル、シナイ、紅海、タニス、クセイル、カイロ、ベニ、アマル、ルクソール、ギサ、サッカラ、コブトス、エスナ、コム、エドフ、アスワン、アブ・シンベル、ナイル河、コプト、地中海、アレキサンドリア、黒人國

紅毛人國図四、


アラト山、トルコ、裏海、アラル海、コルガン、コム、ペルシア、チグリス川、バグダット、シュメール、ユウフラテス川、アラビア海、コプト、アラビア

紅毛人國図五、


エルサレム、ユダヤ、ラム山、アラビア、地中海、マガラ山、ラモン山、アカバ海、紅海、シナイ、カトリーナ山、イアラク山、アルキフア山、スイズ海、ビター湖、コプト、砂漠、ガリブ山

紅毛人國図六、


バイカル湖、サヤン山、ハンカイ山、モンゴル、支那、シキタイ、アルタイ山、カザフ、バルハン湖、天山、天竺

丑寅日本國史繪巻

此之繪巻は東日流語部録に基きて歴史を繪説せるものにして、その實相を知り給ふべし。

秋田孝季

第一画


魹ヶ崎日乃出

第二画


東日流海峽

第三画


岩木山と岩木川

第四図


外濱と中山

第五画


飛龍崎

第六画


マツオマナイ

第七画


宇曽利駒

第八画


是川エジョ遺跡

第九画


亀丘、カムイ丘遺跡

第十画


床前石神遺跡

第十一画


外濱大濱遺跡

第十二画


十三千坊覟浦遺跡

第十三画


耶靡堆城跡、中山遺跡

第十四画


行丘城跡

第十五画


藤崎城跡

第十六画


唐川城跡

第十七画


十三湊

第十八画


金井遺跡

第十九画


髙楯城跡

第廿画


尻八城城邸跡

文政五年七月
奥東日流飯積派立
和田長三郎