丑寅日本國史繪巻 十四之巻

秋田孝季

歴史の事は誰か書遺せる物をして末代に告ぐを叶ふものなれば、徒らに事の件を作爲せしは眞實を欠くべく文献とならん。

依て本巻は諸傳に基き繪を以て綴り、丑寅日本國の古代よりの世にある事の由を遺しけり。もとより繪に心得ぞ露もなかりけるも、文盲の多き丑寅の衆に説くは繪を以て説くこそ、能く相渡るものと心得たり。

江戸浅草にて知りにける葛飾北斉氏の漫画に基きて、画筆つたなけれど、時代考想古き世の風物を古人に尋ねて筆にせり。

寛政六年八月
秋田孝季
和田壱岐
菅江眞済

本巻画説

抑々歴史の經し古代信仰・傳説ら併せて續画とし、倭史の自讃美たる甚しきを抜きて、丑寅日本國の史記たる語部録を尊重し、倭史に障りあれども、永き制圧の權政に蝦夷と稱されし化外民たるの、人種を異にせしの不平等たるを審かにせんとてその史證を世界に求め、大古の人祖はもとより更にさかのぼりては宇宙の創め、大地の肇因、水より生れたる萬有の理りより人の世に至る歴史の實相を明らむるを要として、丑寅民の世に在る歴史を證せんとす。

以て私考不加の念に、老婆心乍ら茲に誓仕り置くものなり。

寛政六年八月 秋田孝季


原書蟲に食害さるに依りて保修仕りたるあり。茲に申添ふ。

末吉

宇宙誕生之事

去今阿僧祇之暗黒世、無時無物質無限界、起一点光熱依其因、爆烈焼大暗黒遺微塵、依其塵集縮阿僧祇數、宇宙星誕生、是宇宙誕生曰也。


星々誕生


日輪地界誕


日輪・月輪・地球

星々之誕生時何火球也、日輪久遠燃光熱經刻冷却、月輪地球未地表中火泥也。

大海之誕生

凡大海之創地界創造時、塊石地火泥溶湯気相成、地球圓週大気昇雲、地表冷却降雨留底處、其大水稱海、小水稱湖、流水稱江也、小流稱川、此水中生命菌、宇宙光熱土水之精質相化成、茲生命誕生爲、因水中成長分岐大海、誕生倶向進化、即是萬有生命之始祖也。

菌黴細植其菌、自種萬物生命進化適生爲、自類對生主因爲自化成長也。日輪光熱明暗候、天然季節以日輪二十四刻一日爲三百六十五日一年、以月輪地界週圓、無陰光其満欠、以海干満其十二數三百六十五日割計一年十二月、暦計算術自覚後世之人種是得、以来往古之年數是如不変也。

自生命誕生人祖世、自萬物進化生命誕生、其智先端技萬有子孫渡世界、依住地候爲人種族異各々遺民族史、凡人種在三類髪體肌異色質白黄黒肌紅毛黒髪爲、以亦玉眼在青黒色爲言異、抑々生命之誕生宇宙之陰陽、日輪之光熱空風雲雷寒暖雨雪、依日輪之赤道黄道天運起季候依、其化生命菌誕生成長、茲人類先進化萬有在先端、生死以輪廻世々子孫新生不絶代々遺歴史至現。

寛政四年二月六日
明人 楊契仁

宇宙創成論

宇宙の創生は究めて迷信なる神話及び信仰に多く、諸説亦々神々を星座とし、異説猶多たり。宇宙をして天動地道の説對して定まらず、宇宙を論ずるは總て信仰の要たり。

依て是を新説に立論せるものは、神を冐瀆せるものとて刑罰を受くありぬ。宇宙の創因はそれなる信仰に抜け、地動説立證相成りて、旧説を葬り天文學とて、宇宙の運行・星間遠近・日輪の軌道ら遠き大銀河の星の生滅、星雲・黒雲・星の誕生と、その類質化科學を以て信仰なる迷信を脱皮せり。

文政元年二月 髙嶋孤雪

宇宙信仰

凡そ古来より宇宙を不動なる北極星を神とて崇むるは、古代紅毛人耳ならず、地上世界總ての祈りたり。

古代民なるカルデア民族にては、常にして宇宙の運行を測視し、日輪の赤道・黄道の春分・秋分の候を四季に暦の基とせり。亦、星座をも四季の天體方位の異なるに測視して暦の基とせり。

宇宙なる神秘・天の川の謎に、不可思儀なる神の創れる阿僧祇なる銀河天體を創りなせるは、全能の神なる他非ずとて、是れを陽をアラ、陰をハバキとて信仰を以て崇拝せり。是れ即ち丑寅日本國に傳はれる荒覇吐神の由因なり。

寛政五年一月 和田壱岐

陸奥史考

丑寅日本國と曰すは、東海の日出づる處とて、日の本なる國と古代住人の號けたる、大王を國主に位し國𥙉の泰平たる安國なり。

古きより山靼に往来し、遠くは波斯の彼方、紅毛人の國までも人の渡来に代々の開化を受け、人祖より十五萬乃至三十萬年の来歴あり。北領流鬼・千島及び渡島・東日流・宇曽利・飽田・閉伊・庄内・越・岩代・坂東に至るを古代領とし、是を日本國と曰ふなり。

その堺より西南を倭國と曰ふ。古来より彼の國といさかふ事多くして、都度に戦事あり。押領侵略され白河関を堺としその以北を日本と曰ふなり。信仰も倭國と異り歴史の要も異りぬ。

文政二年八月二日 和田壱岐

丑寅日本繪巻


 

繪巻は北斉の書集より画動を考案、載したる多し。然に似画、筆にせず目筆にて記すものなり。

第一画


岩木山と東日流平野、誕生す

第二画


人祖之渡来

第三画


阿曽部族渡来

第四画


津保化族渡来

第五画


支那晋民漂着

第六画


山靼紅毛人渡来

第七画


耶靡堆族落着

第八画


丑寅日本誕生

第九画


丑寅民族併合

第十画


信仰併合

第十一画


治領併合

第十二画


農耕

第十三画


物交

第十四画


駒盗倭人密侵領

第十五画


丑寅日本、三十七年長乱

第十六画


敗遁實相也、比羅夫征海説

第十七画


田村麻呂謀計

第十八画


將門敗戦

第十九画


前九年之役

第廿画


後三年之役

第廿一画


平泉炎上

第廿二画


山王日歧神社、御寶前
安東船誕生

第廿三画


璤瑠澗神社御寶前
興國之津波

第廿四画


濱明神御寶前
東日流放棄、安東移渡島秋田

右繪画集、了筆す。自寛政七年至文政五年に日程す。

和田壱岐