丑寅日本國史繪巻 十六之巻完結

秋田孝季
和田長三郎

序章之言

本巻繪巻五十画は東日流古事語部録にて記逑されたるものなり。抑々奥州は古代日本國と曰ふ名の國にて、倭國とは王統何事のかゝはりなき、荒覇吐大王國たり。

日向に起りし佐怒王の東征侵略にて故地耶馬壹國の民こぞりて丑寅に落着せしより地民と睦みて茲に日本國を肇國し、故地奪回に起りたるは日本將軍根子彦なり。倭の皇系に孝元天皇とあるは根子彦なり。根子彦、倭に入りてより地豪を併せ耶靡堆國を復し、侵入駐在の築紫勢を追放し、茲に平群・春日・葛城・巨勢・和荷・蘇我・大伴・物部氏らを以て天皇氏を大王とせり。

本巻はかく歴史を繪説きて画を企画せり。

寛政五年三月 秋田孝季

第一画


語部之記

第二画


民族移新天地

第三画


石刃造

第四画


衣食住

第五画


毛皮衣。ボノゴ、ドギ、ドンヂヤ、テオ、ホス、トナリ、ドンズ、テケス、ノッペ、ケフ、フランケ、ネマル。

第六画


石貝。マギリ、グス、チグリ、ヤバチ、ジョンバ、ホ、ダバ、ダンフリ、アメジ、ボグド、メゴ、デゴ、ガコカムイ、ホノリカムイ、イシカカムイ、トッカ、ヘンコキ、マシゲ。

第七画


罠仕掛。イドシ、クカシ、オドシ、ノンノコ、バタラ。

第八画


飢餓

第九画


農耕

第十画


火吹山震

第十一画


津波

第十二画


大風

第十三画


旱魃

第十四画


大雨洪水

第十五画


火災

第十六画


地震

第十七画


流疫

第十八画


寒冷

第十九画


信仰荒覇吐神渡来

第廿画


神占祭祀

第廿一画


葬儀

第廿二画


文字乃史書藏、導童

第廿三画


望海征往来

第廿四画


山靼、クリルタイ

第廿五画


耶靡堆大王東日流脱着

第廿六画


丑寅日本國之肇

第廿七画


稲作耕東日流

第廿八画


山根濱添道開通
上磯、砂山、十三道、下切道、羊蹄山、大里、後泻、奥内、西濱道、天皇山、岩木川、石塔山、津保化山、中山、東山根切通、岩木山、下磯、梵珠山、孫内、三内、大濱、善知鳥、外濱、外濱道、安泻、都母、宇曽利、横内道

第廿九画


根子彦日本將軍、兵挙自東流出陣、耶靡堆故地奪還、孝元天皇即位。

第卅画


上毛野田道將軍奥州侵領敗死。

第卅一画


奥州長期戦

第卅二画


田村麻呂之奸計

第卅三画


天慶之乱

第卅四画


前九年之役

第卅五画


安東一族再興

第卅六画


安東船征世界海洋

第卅七画


十三湊

第卅八画


マツオマナイ湊

第卅九画


山靼往来

第四十画


モンゴル盟約

第四十一画


チンギスハン

第四十二画


安東貞季

第四十三画


安住在心異土移住

第四十四画


北領和睦併合、日本國流鬼島

第四十五画


元軍樺太引退

第四十六画


丑寅日本之飢餓救済、揚州知事マルコポーロ

第四十七画


渡島振興

第四十八画


髙嶋イオマンテ打鼓

第四十九画


安東水軍征く

第五十画


久遠の榮光日乃本

終章之言

本巻は語部録を要として編画せしものなり。依て倭史とは馴まず、世襲の障り是を圧せん。然に歴史の實相は此の画面に以て眞實なり。何時世にか陽光あらん。依て能く是を保つ可。

寛政五年八月 秋田孝季